水平線ログ

主にTwitterでの観劇感想ログ置き場です。ほぼ箇条書き。 ただいま抜けていた2016-2020のログを少しずつ転記中。

新国立劇場「願いがかなうぐつぐつカクテル」

2020.7.14

13:00

新国立劇場 小劇場

 

 COVID-19の影響で公演という公演がなくなって数ヶ月、感染予防策を行いながら少しずつ再開しはじめたばかりの劇場での「観劇初め」に選んだ作品でした。
 すべてを叶えられる正解などない選択を求め続けられる状況で、現時点までの科学的知見をもとにした徹底的な感染予防策のもと、劇場を開き演劇の灯をともすことを決断した新国立劇場の姿勢に敬意を表します。


【はじめに】
 ミヒャエル・エンデの児童文学が人格形成に多大な影響を及ぼした人間で、本作のもととなった小説『魔法のカクテル』も一時期は暗記レベルで読み倒しておりました。
 この『願いがかなうぐつぐつカクテル』が昨年に新国立劇場ラインナップとして発表されたときは文字通り飛び上がる勢いで喜び何をおいても観に行くと心に誓っており、この状況で一度はこれも中止かと覚悟していたところに上演の報。発売と同時にすぐさまチケットをとり、ついに訪れた観劇日。
 そのようなわけで、過剰な思い入れによりまったくまとまりのある感想を書けている気がしません。

 
【あらすじ】
 大晦日。悪の魔術師イルヴィッツァーの差し迫った悩みは、地獄との契約で課されたさまざまな悪事のノルマを果たしきれていないこと。今年中にノルマを満たさねば「差し押さえ」られてしまうピンチの中、おばである魔女ティラニアがとある特別な「カクテル」の作り方をネタに彼の元へと訪ねてくる。ふたりの邪悪な企みを察知したイルヴィッツァーの猫・マウリツィオとティラニアのカラス・ヤコブはそれを阻止するためひそかに行動を起こそうとする。
 新年までたったの数時間。悪なるものと善なるもの、勝利するのはいったいどちら。

 『はてしない物語』や『モモ』で日本でも親しまれている巨匠ミヒャエル・エンデの小説をエンデ自ら戯曲化。日本初演

 

【感想】
 雪の舞い散る大晦日の静謐な空気の中、戦争、疫病、環境破壊といったこの世の生命を苦しめるものを文字通り業務として遂行しているものたちと、諦めの心に足をとられそうになりながらもかれらに懸命に立ち向かおうとするちいさな動物2匹とを奇妙かつ軽快に見せつつ、人の愚かしさへのチクッとした風刺を混ぜ込んだ、おとなもこどもも楽しめるメルヒェン。

 小説では後半部の多くを占める魔法のカクテルづくりの描写がひとつの大きな魅力になっていて、奇想天外なアプローチを次々要求されるカクテルの製法と、それに応える魔術師たちの奮闘とが詩や言葉遊びを交えて次々に紹介されるさまが、脱線の楽しさ、ナンセンスな「あそび」の豊かさを湛えていました。
 舞台版はこのカクテルづくりの大半をすっぱり省略。迫り来る制限時間の中、イルヴィッツァー&ティラニアの魔術師コンビと、マウリツィオ&ヤコブの動物コンビのどちらが目標に到達できるのか……という根っこのストーリーに重点を置いた構成に。そのため、


「夢中になれることがあったら、それをしなさい。なかったのなら、お眠りなさい」
「悪とはそれ自体矛盾するもの」


 といった含蓄ある言葉たちの存在感が増し、この世の善と悪のあり方や、幸福、祈り、運命といったものへの洞察を含んだ、おもしろおかしくも刺激的なおとぎ話としての本作の姿がより分かりやすくなっています。
 手を組みながらも腹の中では相手を出し抜きたい魔術師たちは、行いも悪ければ性格も悪い意地悪大博覧会状態。いっぽう動物たちはぼんやり者の気取り屋と口うるさい皮肉屋でさっぱり反りが合わずで、スケールは大きくとも行動範囲の小さな物語は、こうした個性豊かなキャラクターたちの軽妙なやりとりで引っ張られていく形です。

 白眉は終盤、聖シルヴェスターによって語られたこの世の善悪の形が登場人物たちの有りようにそのまま反射し、邪悪なたくらみであったはずのものが「より善き世界を求める祈り」に姿を変えて澄んだ言葉で紡がれてゆくシーンでしょうか。大人たちへは皮肉を、子供たちへは笑いを示しつつまっすぐに(ちょっとへべれけに)響く未来への祈り、その報いが斜め上の方向からひょこっと訪れるさまは可笑しくも感動的です。

 

 構成が原作よりシンプルになったぶん、ひとつひとつの展開を濃くテンポよく出してキャラクターの強さでそれを下支えするという基本的なところが大事になってくると思うのですが、今回の上演ではこれがうまくいっていないように思えたのが最大の残念点。
 どちらかといえばナチュラル寄りの演技と、絵本からそのまま飛び出たような派手で遊び心にあふれた衣装・照明・音響・装置などとの食い合わせが悪く、というより演出全体にメリハリがあまりないのでそれらがうまく組み合わさらず、結果として重要な台詞やシーンもダラッと流れがちに。特に1幕目はストーリーを転がすための助走の要素が強いので、メリハリのなさがそのまま前提の伝わりづらさに直結して、2幕での盛り上がりを支えきれていなかったように感じました。2幕も、すぐ崇高な思考に浸ってしまう聖シルベスターまわりや、意図とやっていることのギャップがドラマティックなはずの願い事合戦のシーンで特に惜しさが。
 客席に話しかける演出、また現実世界とリンクするネタを使ったくすぐりも、ベースとなる物語世界が強く立ち上がりきらない中なので瞬間的にウケはするけど効果を発揮しきれていないように思われました。そして終盤のヤコブの「女は信用ならないから……」は、元戯曲にある台詞であっても今どき子供たちもターゲットにした作品で出すのであればひとひねり要るのではないか、とも。

 

 演出面でよかったのは、動物2匹を人間キャストと紙芝居のような人形の2パターンで表す方法。見た目に楽しいだけでなく、人間パートでは2匹の細やかな心の動きと交流を、人形パートでは小さな2匹が文字通り巨大な世界の中で懸命に行動する姿を……とポイントを押さえた見せ方。気分を高めるイルヴィッツァーとティラニアの歌う悪魔の賛美歌の毒々しさや、LSD(舞台版はなんの略語か説明されないのでホントにあのLSDじゃないか疑惑)で「トぶ」くだりのサイケな照明・音楽の組み合わせもインパクト大。

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 と、総評としてはあまりたくさんの星はつけられないのですが、印象的だったのが衣装。基本の形状はオーソドックスでありつつ細かなパーツや色使いで非現実感たっぷりに。
 邪悪な魔術師ふたりは特に、けばけばしい色合いがなんとも目に楽しく。色とりどりの短髪、黄色い手袋とブーツ、水色のコートには原色のペンキが散ったイルヴィッツァー(コートを脱ぐとTシャツ1枚でとたんに生活感が出てきてちょっと笑えます)。小説の記述をふまえた「黒い縞入りの硫黄色のイヴニングドレス」で「まさに巨大なスズメバチ」のゴージャス派手派手なティラニア。ティラニアのショール(推定)、ぬいぐるみを乱雑に繋げたような代物でたぶん毛皮製品の誇張表現だと思うのですが一見かわいくもえげつなさ。

 

 COVID-19対策の一環として出演者全員が口元を覆っているのは演劇ニュース等で知っていたのですが、雰囲気を壊さないまま個々のキャラクターに合った工夫がされたデザインで、元々こういうコンセプトだったのではと思うほど。作品のファンタジックな雰囲気が大きく味方した所はあるやもしれません。
 とりわけ地獄の役人マーデ氏がたいへんに好きでした。正直に書くとツボでした。スーツの襟と肩がそのまま持ち上がって顔を半分隠しており、目深に山高帽を被ると頭もすべて隠れて首なし男的な不気味さが。
 口元対策で声がこもるのではないかという懸念、個人的には冒頭は心持ち聞き取りづらいなーと思いつつもほどなく慣れ(後方席での観劇)。早口の大声になると少し影響が大きいと感じたので、演出の傾向や俳優の発声にかなり左右されそうな気配も。

 

 舞台装置も好きでした。色のはっきりした衣装を際立たせるオフホワイトのボードは、イルヴィッツァーの実験室をシンプルに表現した線画でいっぱい。舞台中央には巨大なドーナツ形の大時計(小説版を踏襲し、ボーンやゴーンと鳴る代わりにイテッ!イテェェ……といちいち悲鳴を上げる邪悪仕様)。刻々と迫る新たな年へのカウントダウンを常に意識させられつつ、輪っかの向こうや壁の上方に広々とおかれた遠景が、物語の遠大なモチーフに思いを馳せるための空間的な広がりを作っていました。

 

 最後に俳優について少しだけ。
 我らが北村有起哉、ほかの登場人物と比べると唯一彼だけが小説とかなり異なるビジュアルなのですが(戯曲指定か演出かは不明)中身はまさしくあの気難しくプライド高く案外小物で底意地の悪い枢密魔法顧問官ベルゼブブ・イルヴィッツァー。序盤のティラニアおばさんとの駆け引きは公演後半になるとさらに嫌らしい感じになっていきそう。
 どう考えても元台本に存在しない「2.5次元」のくだり、バカにするような笑いだったらいやだなと一瞬身構えたのですが、2.5次元観劇経験わずかの自分でも「あっ知ってる」となる感じの絶妙な「っぽさ」でうっかり笑いました。プロの観察眼と技術がここで…こんな…。ネタ自体は要るか要らないかで言ったら確実に要らない派なのですがクオリティは評価したい。もうひとつの形態模写は役回りゆえにチクリと意図を感じさせるようなさせないような塩梅。収録日だったのでばっちり残ったはず。

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 夏の気配の日々濃くなる季節に観る、大晦日の魔法。
 ブラッシュアップされた再演があればとても嬉しいです。
 今度は本当に年末などに観て、リアルタイムの雰囲気も味わってみたく。