水平線ログ

主にTwitterでの観劇感想ログ置き場です。ほぼ箇条書き。 ただいま抜けていた2016-2020のログを少しずつ転記中。

シス・カンパニー KERA meets CHEKHOV「三人姉妹」

2020.2.17.

13:00

Bunkamura シアターコクーン

 

・水がギリギリまで注がれたコップを胸元に抱えて歩いているような、そういう人ばかり出てくる。日々の中で音もなく限界に至った水は不意に激しく溢れて辺りを濡らし、少し水の減ったコップを抱えてまた歩く。日常と、日常で頭をよぎる”哲学"と。百年前の、普通の人々。

KERA meets CHEKHOVの1作目『かもめ』よりいっそう地味に、彼らの退屈を退屈のままに。そこにドラマが「見える」かどうかは、カンパニーは勿論、観客にも委ねて信頼しているようだった。小さなドラマが重なり重なり、やがてなんでもないような台詞が胸に来る不思議。

・「見えやすく」するための細やかさ。どのテキストを使ったかは不明だけれど(クレジット欲しい)、分かりづらい点(主に呼称)をざっくり削って不要な壁を取り払いつつ、耳に通りのいい言葉を用いつつ。いちばん遠い席だったせいか、広い中での人物の動きも「見えやすく」てよかった。

・あたりまえのようにうまい人しかいない座組、なのに(だから?)誰も出っ張らない出っ張らせないつくりで、かえって全員主人公感。わけても「時」の役割も兼ねるナターシャ・神野三鈴の自在っぷりですよ奥さん!誰だ奥さん!誰に何を話すかによって声色もからだもまったく違う。ひゃー。

・だんだん哀感を帯びてくる声がたまらないクルイギン山崎一、爽やか坊ちゃんトゥーゼンバフ近藤公園、ひとり実年齢と離れ気味でメタ的な匂いもするチェブトゥイキン段田安則などなど。オーリガとソリョーヌイとヴェルシーニンからはもう少し何か見えそうだったけれど見えず(見せず?)。

・基本、人の話をせいぜい半分くらいしか聞かない(しかも聞きながら多分別のことを考えている)、そのくせ話したがりの自分の口から出る言葉も半分くらいしか本当じゃないチェーホフの人々の駄目さ普通さが好きで、その好きなところをがっつりやっていて、よかった。また観たいなあ。